私が初めて嘘を吐いたのは、たしか17の時でしたある囘想
「死に度い」 「え?」 ほんの冗談のやうなものでした。 まさか、兄が聞いてゐるとも知らず、ふいと口から滑り落ちてしまつただけなのです。 「…望…今、なんて」 さう云へば其の頃から兄は生眞面目で、物事を深刻に考へ過ぎるきらひが有りました。 私も大眞面目に話を受け取つては馬鹿にされてゐましたが、兄は輪を掛けて眞劍なのです。 「え…いや…死に度い…とか」 兄の眞つ直ぐな目が突き刺さるやうです。 また、此の人は何か言ふ積りなのか、と思つてをりましたら、 「…本氣で言つてるのか?」 と、酷く狼狽した聲で問はれました。 「兄…さん?」 ぢつと私の方を覗き込み、其の聰明さうな顏を歪めて無言で問ひます。 「あの…私…は」 言葉がうまく繋がらないのです。 何かを言はなくては。 言ひ譯でも、冗談でも何でも良い。 兔に角何か言はなければ。 心許りが先を急ぎ、言ふべきことが靄のやうに溶けてしまふのです。 「私、は」 喉はからからになりました。 胸はどくどくと鳴ります。 唐突に、ある言葉が私の腦裏に閃きました。 ―――綺麗。 何故そんな風に思つたのかよく分からなかつたのですが、愁いに染まつた兄の顏を、ただ、綺麗だと思つたのです。 「だから…」 「望…お願ひだから、死に度いだなんて言はないで」 泣きさうに歪んだ顏で、私に言ひました。 兄は優しく私を抱き締めて、そつと頭を撫でてをりました。 其の身體が靜かに震へてゐた事は、未だに忘れられません。 兄は、迚も優しい人でした。 私の言葉を、全て本當だと思つてゐて呉れる、唯一の人かも知れません。 其れから私は死に度いと、言ふやうに成りました。 いつでも兄が止めて呉れるのを期待して。 假病のやうな、本當に、出來心としか言ひやうのない動機。 いつしか其れは癖に成り、言はずにはをれなくなりました。 そしていつの間にやら、本當に死に度いやうな氣さへしてきました。 私は小さく嘘を吐きます。 はじめから、死に度かつたと。2010.08.07 サルベージ。同じ顔の兄弟→俺得。 凄く古い文章です。笑 まだ巻数が二桁行ってなかった頃の文章じゃなかろうか。 その為、ネガティヴになったのがいつ頃からかよく分かっていなかったんですよね。 表記を改めたのは 完全にアニメに倣って…趣味である。 読みにくくてさーせん。