砂嵐

「お前でも、倒れたりするんだな」 非常に失礼な事を言われた気がするが、別に構わない。 それよりもこの状況を改善できる何かが有るならすぐにでも飛びつくだろう。 生憎、飛びつくだけの体力が残っているかどうかは疑問なのだが。 「ちょっと、疲れが溜まってただけ…だから」 随分と情けない声が出た。 ぼそぼそと、消え入るような調子で。 しかしまぁ、言葉にしているだけましだと思って欲しい。 本当はもう何も言いたくない。 「そんなに大変だったのか、仕事」 俺も同じぐらいシフト組まれてたけどなぁ… 不思議そうに首を捻る。 佐藤君、残念ながらそのせいなんだよね。 ずっと、出てきてるときは君と仕事が被りっぱなしだったじゃない。 それが 辛くて さ。 「なんか食いたいもん有るか?作ってくるけど」 本当に、間が悪すぎて自分でも笑えてくる。 大体、タイミングが悪い。 その上、貧乏くじにばかり恵まれているらしい。 丁度客の一番少ない時にうっかり倒れた。 普通ならそのまま直帰だが、それすら不可能なほど完全にぶっ倒れてしまった。 起き上がることさえ出来ない。 体が起きるのを拒否しているかのように、指一本自由にはならなかった。 確かに昨日一昨日辺りから調子は崩していた。 けれどまぁ倒れるほど悪いとは本人も思っていなかったのである。 甘く見ていた。 「あれだ、暇だろ佐藤。見ててやれ」 非常に迷惑極まりない店長命令が下り、しかもそれを律儀に守るなんて。 ほんと、とんでもない。 「ね、佐藤君。俺は大丈夫だから、厨房そろそろ戻った方が…」 さっきから何度もそう進言するのだが、その度 「仕事が入ったら呼ばれるだろ」 と言って動こうとしない。 体よくサボりに使われているのだ。 おかげさまで、休んでいるはずなのに、一切心が安まらない。 「もしかしたらそれすら出来ないほど忙しいんじゃ」 兎に角追い出そうと必死なのだが 「だったら尚更呼びに来るだろ」 要するに頭が働いていないのだ。 倒れるほど、考えすぎて。 壁掛けの時計の秒針がかちかちと耳障りな音を立てる。 「それで、お前は一体何を隠してるんだ」 押し殺したような調子で言われる。 どうすればいいのか想像もつかないような展開に更に頭が痛くなった。 他人が困っているのは、見ていて面白い。 というと、非常に性格の悪い人間みたいだな、と思う。 別に泣き叫ぶのを見るのが楽しいとかではなくて、慌てふためく彼らの素の部分が見たいだけなのだ。 中々、理解されないけれど。 しかし、あくまで他人が、なのであって。 わが身に降りかかった災難をどうしてくれようかと今必死に考えているところなのだが、 「隠す?えー、何にも隠してなんかいないよー?」 そもそも疑われるほどに滲みだしていたということ自体が誤算だ。 確かに最近自分でも疲労が蓄積している自覚はあった。 だが、まさかそれに彼が気付くとは思っていなかったのだ。 「顔に出てるんだよ、色々」 ぎょっとした。 何が。 具体的にどんなものが顔に出ているように見えるんだ。 「そ、そりゃ確かに最近調子が悪かったのは認めるけど」 すると、大儀そうに煙を吐き出し、 「お前さ、そりゃ悩みなんて人それぞれだから一概にどうとは言えねぇけど」 駄目だ。 嫌な予感しかしない。 「俺で良ければ聞くぞ?」 「…ありがとう。でも、秘密主義なんだ」 仮に誰か一人に打ち明けねばならないとしても、君にだけは絶対駄目だよ、佐藤君。 よしんば、言った誰かの口から君の耳に入ることがあったとしても、 直接はとてもじゃないけど言えない。 ―――って、こんな心境は恐らく君が一番よく分かってくれるんだろうけどね。 「あ、大丈夫ですか相馬さん!」 後輩が入ってきたことにこれほどほっとした瞬間は今まで有っただろうか。 「うん、大丈夫。ちょっと休めばすぐに治るよー」 そう言ってひらひらと手を振った。 正に救世主だ。 二人っきりでなくなったというだけでこんなにも開放感があるなんて。 「もうあがり?」 「ええ、明後日から試験なので」 制服の袖のボタンに手を掛けながら言う。 「それは大変だなぁ。頑張ってね」 応援しかできないけど。 付け足すと彼はいえいえ、と手を振り 「でも良かった…昨日お仕事辞めたいって仰ってたんで、ちょっと心配だったんですよね」 ―――あ。 首が固まる。 振り向くことを体が拒絶している。 そうでなくとも熱っぽく怠いのに、脂汗が滲み出るような感覚。 刺さっている。 完全に 視線が 刺さっている。 「小鳥遊、今フロアどんな感じだ?」 がんがんと頭が割れそうなほど痛む。 警告音。 或いは、サイレンが真っ赤なパトランプとともに響く。 「そうですねぇ、もうそろそろラストオーダーですし、お客さんもコーヒーで粘ってる方が一人いらっしゃるぐらいで」 「そうか」 そしてもう半ば読めた続きは俺の首に縄を掛ける。 「こいつ自力で帰れないみたいだから俺が送って帰るわ。店長に言っといてくれないか?」 「あ、分かりました。相馬さん、しっかり体を休めて下さいね」 「というわけだ、相馬。文句ないよな?」 床が開き、抵抗する間もなく首が絞まった。 ホワイトアウトでもなく ブラックアウトでもなく ざらざらと波長の合わない―――

私の地域はあれを砂嵐と呼ぶのですが どうやらあれをじゃみじゃみとかそう言った特殊な呼び方をする地域もあるそうで。 北海道がどうだか知らないので何とも言えない件。 そしてやっと相馬さんが死亡フラグを回収しました^^ 2010/07/18