好きだ、と口にしてみて初めて分かった。 好き、という状態は予想以上に煩わしい。 痛いし痒いし、何よりも面倒。 でも、そうなってしまったものは今更どうしようもないじゃないか。Love me honey!
彼は少し厚めの本を読んでいた。 「ミシェル」 呼びかけるのと同時に、腕を回す。 どうしてだかよく分からなかったが、彼を抱きしめたかったのだ。 「…なんだよ、急に」 甘いような、そうでもないような。 よく分からないけど、心地の良い香り。 「んー。ちょっとそういう気分なんだよ」 セットしていない髪をくしゃりと混ぜる。 「…暑苦しいやつ…」 そう言いながらも、口調に棘は無い。 彼はこちらをあまり気にせずにぱらぱらと紙を捲っていく。 軽快な音だ。 「それ、面白いか?」 「まぁ、そこそこ…かなぁ…」 まぁ、完全にのめり込んでいる、といった風でもないのだし、そんなものか。 「…じゃあ、ちょっと位俺に構ってくれても良いじゃねーか」 ページを捲る手が止まる。 「はぁ?」 心底呆れた、みたいな溜め息。 あれ、なんかおかしな事言ったか、俺。 「だって、本…そんなに面白くないんだろ?」 「だったらどうしてお前に構わなくちゃならないんだよ」 それに今でも十分構ってやってる、と付け加える。 どこと無く嫌そうな顔だ。 「わかんないけど…構って欲しいんだよ、お前に」 我ながら子供みたいだ。 完全に理屈も何も無い。 ただ、こうなんというか…構って欲しいのだ。 「…馬鹿じゃねぇの?」 「うわ、酷…」 まぁ、確かにこれで納得するような奴じゃないことぐらい最初から分かっていたじゃないか。 「そもそも、何だよ。今日はなんかやたらにべたべたしてるっていうか…」 言葉がそこで詰まる。 続きを促すように相槌を打っても、彼は一向に続きを言おうとしない。 「何だよ、ミシェル」 見つめた彼の横顔は、どうにも言葉に困っている、といった風情だ。 「はっきり言えよ」 すると、もぞもぞと聞こえにくい声で、 「………いや、なんか…大型犬にじゃれ付かれてるような…」 と言う。 「…大型犬………」 思わず反芻する。 「…だから言いたくなかったんだよなぁ…」 彼はやっぱり溜め息を吐いた。 大型犬ねぇ…まぁ確かに小型犬ではないだろうけど… あいつにとって俺は犬か。犬扱いなのか… 「………ってことは、ミシェルが飼い主か」 その表現は思った以上にしっくり来た。 「おい、何で普通に納得してるんだよ」 自分で言っておいてその態度はどうなんだ、と言いたい。 「まぁ確かに納得できなくも無いしなぁ…」 確かに今の彼は、後ろから飛びついてくる犬をいなす飼い主のようにも見える。 「…物分りが良すぎるのも問題だと思うよ、俺は」 呆れたような声音で彼は言った。 いつの間にか、さっきの本はしおりを挟んで閉じられていた。 「…そうやって、なんだかんだで甘やかすから付け上るんだぜ、ミシェル」 何がだ、と聞き返すあたり、彼のほうも特に自覚は無いらしい。 これはとんだ飼い主だ。 「まぁ、俺は一向に構わないけどな」 頬に軽くキスを落とす。 「…ほんと、今日はどうしたんだよ」 苦笑いしながら、彼は頭を撫でた。 よく分からないが、こう、なんだか甘えたいというか。 とにかく、彼の存在そのものがとても愛おしい。 「わかんねーけど…」 …はたと思いついた。 そうか。 そういうことか。 「…どうしたんだよ、気持ち悪い」 口角の上がる感触。 ああ、なんだ。 こんな簡単な…いや、やっぱり面倒か? 「おい、アルト」 怪訝そうな彼を見て、確信する。 そうだ、俺は… 「…好きだよ」 思った以上に言葉はすんなりと出て行った。 「は?」 彼は眼を見開いて間抜けな声を出した。 「だから、お前が好きだっつってんだよ」 なんでそんな呆けた顔してるんだよ。 …いや、呆けた顔というか寧ろ魂の抜けたような… 「どうしたんだよ、ミシェル」 頭を抱えた彼の心境など、俺には知る由も無い。2010.10.08 最早加筆訂正すら出来ない。直視できないレヴェル。 あの時の自分に何が有ったのか真剣に悩む。 あ、でもあれか。ミシェル君がもう出ないんだなとか凹みながら書いたのか。 …orz これが所謂自爆乙。