あいつのことは絶対に理解できない。 できるはずがない。

嫌いになれない

不愉快だ。 尋常じゃなく不愉快だ。 どうして、こんなに自分が不愉快な思いをしなくてはならないのかと、また一段と不愉快になる。 酷い堂々巡りだ。 これが大体三日ぐらい続いているものだから、もう何もかもが限界だった。

「暴れたいなら他所でやれ」という彼の指摘も尤もだった。 これが誰か他の人に言われたのならすぐに反省し、また謝っただろう。 が、不愉快の元凶に言われたんじゃ返事をする気にすらなれなかった。

棘のある口調にも腹が立った。 だが、冷静に考えると悪いのは一方的に俺なのだから、それもまた当然だった。

ちらっとそちらを確認すると、呆れた様な顔。 やめろよ。 俺をそんな目で見るな。 遠いようで近い場所に、臨界点が見えた気がした。

「…何か文句でもあるのか」

あんまりな態度に流石に怒ったのか、彼にしては珍しく突き放すような言い方をする。 …どうしてだか、そんな一言に泣き出したい衝動に駆られた。 顔を見ていられなくて、背中を向けた。

「お前なんて…嫌いだ」

喉の奥から搾り出したのは、最も言うべきでない一言だった。

「あっそ」

冷たく流された。

「それだけだよ」

今更、後に退けずに、余計なことばかり口から出て行く。

「馬鹿なこと言うな。嫌なことがあったんならそう言えよ」

あれだけ怒っても、やっぱりどこか心配している風な口調に、益々胸が痛くなった。 どうすればいいんだろう。 どうしたら、この苛立ちも何も、収まってくれるんだろう。

「嫌なことなんて…」

強いて言うなら、今の自分というそのものが嫌でたまらない。

「じゃあ、どうして暴れてたんだよ」

子供に言うような口調に変えられた。 ああ、見下されてる。

「…暴れてねぇよ」

子供扱いされることにこんなにも腹が立つとは思わなかった。 どうしてだろう。 相手が、ミハエル・ブランという人間だからか。

「…アルト」

いつもより気遣わしげな声が耳に痛い。

肩に置かれる手に触れたくて、たまらない。 言葉が、出てこない。

「お前、もう少し落ち着けよ」

やっぱり、痛い。 どうして彼は理不尽な状況に対して俺を責めないのか。 ぎしっとベッドが鳴る。 どんな顔で、彼はそこに座ってるんだろう。 どんな風に、俺を見てるんだろう。 気になる。見たい。 でも見たくない。

「もう寝るか?」

余りにも優しい声音に、胸焼けしそうだ。

「……ミシェル」

駄目だ、苛苛する。 気分が悪い。

「うん?」

もどかしくて、気が狂ってしまいそうだ。

「嫌いじゃ…ないから」

喉がひりひりする。 言いたいことをきちんと言えない。

「嫌いじゃない、から」

その続きに何を言おうとしていたのか自分でも分からなくなってしまった。

「だから、俺のこと嫌いだって言うなよ」

あれ。 何言ってるんだろう…俺。

「俺がいつ嫌いだって言ったんだよ」

ああ、駄目だ。 俺は何が欲しいんだよ、一体。

「好きでもないくせに」

本当に、涙が出てきそうだ。 もしかしたら、もう泣いてるのかも知れない。

「嫌いじゃ、ないけどな」

ぼんやりとした口調に、優しい冷たさを感じた。




―――どうして、嫌いになれないんだ。


     

 2010.07.18  アルト君ご乱心。  サルベージ、一部加筆訂正。