酷い男だと思う。 …本当に、酷い男だ。

お前なんて嫌いだ

なぜだか知らないが、あいつはむしゃくしゃしているらしい。 壁を殴りつけたり、うろうろしてみたり。 読みもしないくせに雑誌を広げ、挙句、壁に投げつける。 酒乱でもこうは暴れまい。全力で病める青少年は無言の訴えを続ける。 そう広い部屋ではない。 あんまり力いっぱいに暴れられると、傷みそうだ。

「おい、アルト。暴れたいなら他所でやれよ」

もう通しで十個近く生産された紙飛行機の一つを、ぐしゃりと握りつぶす。

「こら、聞いてんのか?」

一瞬視線をこっちに向けたかと思うと、忌々しげに溜息を吐く。 …なんだこいつは。

「…何か文句でもあるのか」

そっちのの機嫌が悪いかどうかは知らないが、同居人には気を使うべきだろう。 一体どんな育てられ方をしたんだこいつは。 アルトはごろんと身体を横にし、此方に背を向けて何か呟いた。

「お前なんて…嫌いだ」 「あっそ」 「それだけだよ」

釈然としない。 そんなどうでもいい理由で暴れていたわけじゃないだろうに。

「馬鹿言うな。嫌なことがあったんならそう言えよ」 「嫌なことなんて…」

何故か、小さい子供を相手にしているような嫌な気分になった。 論理というものの通用しない相手。 感情で全てを表現しつくそうとする、幼い子。

「じゃあ、どうして暴れてたんだよ」 「…暴れてねぇよ」

もう、駄目だ。 自分のしていたことすら自覚できていないようじゃ話にならない。

「…アルト」 不貞寝する肩に手を置いた。 返事はない。

「お前、もう少し落ち着けよ」

やはり、返事はない。 仕方がないので、安っぽいつくりのベッドに腰掛ける。 ぎしっ、と案の定軋んだ。 下段だけで男二人の体重を支えられるか心配だな、とぼんやり思う。

「もう寝るか?」

すると、今まで無反応だった癖に、急に身じろぐ。

「……ミシェル」 「うん?」 「嫌いじゃ…ないから」

いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

「嫌いじゃない、から」

二度言わなくても分かる。 きちんと聞こえていたと教えてやろうとしたら

「だから、俺のこと嫌いだって言うなよ」

などと言う。

「俺がいつ嫌いだって言ったんだよ」

そういうと、余計に顔を歪めて、目を閉じる。

「好きでもないくせに」

時々こういう突飛な事を言うから手に負えない。 本当に、ガキだ。

「嫌いじゃ、ないけどな」

宥める様に。 半分ぐらい無意識に、呟いた。





 ―――お前なんて、誰が好きになるか。
 
 
 
 
 

 2010.07.18  険悪な二人も大好物。  サルベージ、一部加筆訂正。