それは片側だけの
欠陥だらけの

しかし最も正確な 肖像


酸化肖像

私の知る限りにおいては、彼は酷く真っ直ぐな人間だった。 何かに染まろうとは最初から思ってもいないらしい。 ただ自分の有るべき場所とやらを弁えて、そこに身を置いて居ただけなのだ。 妥協しない、という点において、私はゼスに近い物を見出した。 常に最高度のパフォーマンスができなければいけないと、私達はそう思っていたのだ。 しかし、彼と私は決定的に違う。 自分の好奇心の為に最善を尽くしてきた私と、負うべき役割のために最善を尽くさざるを得なかった彼がどうして同じだと言えよう。 彼には特に重い役割が与えられていた。 書記長の弟である、という重責を物ともせず優秀であり続け、その重責の為に踏み外すことが出来ない細い綱の上を命綱無しで走りきった。 彼にとって彼の境遇は向い風でしかなかった。 出来て当たり前、出来なければ やれコネの力か、あの邦は口程にもない、などと讒言の嵐にあうのだ。 普通なら三日と持たないような異常なプレッシャーの中で、常に期待の上を行き続けた彼は確かに「特別」だ。 ある種の狂人だと言っても良い。 そこまで頑なに理想を体現し続ける精神力の根源を、決して覗き見てはいけないと。 直感がそう言った。 「あいつは特別だからな」 ライガットはいつもそう言った。 馬鹿の一つ覚えのように、毎度毎度。 それだけ言われれば多少なりとも嫉妬心のような物も湧く。 あんなにも純粋な憧憬を向けられるのだ。 嘸かし気分の良いことだろう。 「特別…」 しかし、私は知っている。 敬愛と崇拝は、違うことを―――彼が結局どこかでゼスという人間を疎外していることを。 彼の中でゼスは悩みも痛みも知らない、不屈の戦神として理想化されている。 魔力を一切持たなかった己には到底叶うべくもない夢を見せてくれる、英雄。 才能に愛された美しい男――― 私の知るゼスは、もっと人間味のある男だった。 痛みも、苦しみも、激情も普通に持ち合わせている。 少なくともライガットの前でそれを全面的に押し出すことは決して無かったが。 若しかすると誰の前にも感情を出せない人間だったのかもしれない。 或いは自分の内側にある物を見えなくすることに長けた人間だったのかもしれない。 とても注意深く観察しない限り彼に人並みの感情があることすら忘れそうになる。 そのぐらい、彼は何かを「踏み外して」いた。 / 少し遠目にいつもの光景。 王子と例の弟殿の睨み合いである。 …睨み合い、というと正しくない。 どちらかというと、ゼスに睨まれる王子、だ。 「貴様…また適当な事を…」 怒りとは少し違う。 王子相手の説教はあくまで説教の域を出ない。 あくまでもゼスは、相手のために「よかれと思って」言っているだけなのである。 表面上は、だが。 「ああ、分かってるさ。もっとちゃんとやれって言うんだろう?」 そして返答はいつだって変わらない。 残酷だ。 毎日を必死に生きている人間に対してそんな口をきけるあの男が怖かった。 知らない、というのは恐ろしいことだ。 いや、もし知っていてやっているのだとしたら、余計恐ろしいのだが。 「…分かっているというのは、」 風が、吹いた。 「実行出来る事だけを言うんだ。出来ない事は、結局何一つとして分かっていないに等しい」 何かを押し殺した声だ。 気づかれない為の声だ。 今の彼に出来る―――彼の鋼の自制心が許す最大限の抵抗だ。 他の連中にはきっといつものお説教の延長にしか聞こえていないのだろう。 崇拝していては気付かない。 見もしなければ、分かるはずもない。 「またやってんのかよあいつら…」 やれやれ、とライガットが歩き出した。 「ちょっと…」 止めなければいけない気がして手を伸ばしたのだが、気付きもせずに行ってしまう。 それが少し悔しくて歯噛みする。 いつも人の話を聞こうとしない――― 「おーーい、お前らまたやってんのかよ!」 そして私はまた 見てはいけない物を見てしまった。 「ああ、ライガットか、それがな―――」 あの目を私は知っている。 畏怖と混乱と苦痛と、そして、         

 2010.11.10  隊長が大好き過ぎる。かゆ うま。  学生時代は色々浪漫がある。制服とか制服とか制服とか。